もう2年以上前になりますが、2003年10月21日付け朝日のコラム「経済気象台」に「国の公共性」と題する匿名の短い論評が載っていました。その後半部分を紹介します。 |
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「国家(政府)は公益団体か。これが現在私の関心事である。政府はこれまで「公共」と「公益」の代名詞であった。民間非営利団体よりはるかに公益的で、公益中の公益の団体と考えられてきた。
しかし、そうか。政府は国民という成員をもつ。自治体にも住民という成員がいる。国、自治体もメンバーに対する排他的なサービス団体なのである。昨今の国際情勢の中で、国が真の公益のために動いていないことがますます明らかになっているように思われる。国家のエゴ、成員のための狭い権益に振り回され、人類的な公共の課題に向かっていないのではないか。アフガニスタン、イラク他で、正義のためと言いながら特定国家のエゴが出る。地球温暖化防止条約や地雷禁止条約のため人類的な公益に動いたのはむしろ民間市民団体たるNPOやNGOではなかったか。
現在、国内的にも政府に代わる新しい市民的公共の必要性が叫ばれるようになったが、国際的には国の公共性の欠落はさらに明瞭のように思われる。グローバル化を深める国際社会では、国を超えたNPO、NGOが人類的な公共の利益を追いはじめている。公共性とは何か。ますます問われる時代となった。」 |
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コラムとはいえ一般のマスコミ紙上に、このような論評が見られたことに、「公共性」に関する時代の関心のたかまりを強く感じたのでした。 |