論文

あるべき税制と税制改革の論点
東京会井上徹二(埼玉学園大学経営学部教授)

3. 所得税における改革の論点

所得税における問題点は極めて多いが、本稿では、所得控除を税額控除に転換すべきこと、分離課税制度を廃止または縮小し総合課税を徹底すべきことを取り上げる。
(1)所得控除から税額控除への転換―カナダ税制の教訓
所得税は各人の税負担能力を捉え、各人の経済状況の違いを考慮する仕組みをとることにより、応能負担原則を反映できる税制として重要である。ところが現行の所得税はいくつかの重大な欠陥があり、応能負担原則にそぐわない問題点がある。そのひとつが所得控除制度である。本稿では、「所得控除が高額所得者に有利な制度」になっており、応能負担原則を徹底するためには、「税額控除制度に転換する必要」があることを提起したい。

筆者は、カナダの税制を論じた論文の中で、「カナダ所得税制の最大の特徴は、税額控除(tax credit)制度の重視である。」「過去においては、わが国と同じように、所得控除を中心にして税額計算をする仕組みをとっていたが、1988年に税額控除に転換した。」「その理由は、課税の公平を確保するには所得控除より税額控除のほうが有効であるとの判断である。」と紹介している。

具体的には、2001年において、基礎税額控除は$1,186、配偶者税額控除は$1,007、18歳以下の児童の扶養税額控除は$560、となっている。それ以外に、教育費税額控除、医療費税額控除、慈善寄付税額控除、私的年金税額控除、政治献金税額控除、配当税額控除、外国税額控除などがある。控除項目はほとんどわが国と同じであるが、わが国ではその大半が所得控除であるのに対し、カナダではすべて税額控除になっていることである。

基礎控除についてみると、カナダの基礎税額控除は$1,186なので、これをレート90円で換算すると約10万円になる。所得が200万円の人も、1000万円の人も、1億円の人も同じ10万円が税額から控除される。

ところで、わが国の基礎控除は38万円が所得から控除される。この場合、所得200万円の人の適用税率は10%なので税額から減額されるのは38万円の10%、38,000円である。所得5000万円の人は、適用税率37%に38万円を掛けた146,000円の減税となる。所得控除は所得の低い人よりも所得が高い人に結果として有利な制度になっている。

所得控除の中でも、たとえば寄付金などは所得の自発的処分の性格を持つので、所得から控除するほうが理論的整合性に優れていると思われる。また医療費についても、本人の意思にかかわらず支出するものであるという性格から、所得の処分と考え、所得控除のほうが妥当であると言えるかもしれない。しかし、基礎控除、配偶者控除、扶養控除などは「基礎的生活を維持する所得には課税しない」、「応能負担原則を確保する」、「低所得者に有利な税制が望ましい」という考え方にたてば、現行の「所得控除制度」から「税額控除精度」に転換することが必要であると考える。
(2)分離課税制度を廃止または縮小し、総合課税を徹底すべきこと、
所得税は近代税制の中心に据わり発展してきたが、歴史的に見ても、当初から応能負担原則と結びついて設計されていたと言える。人の税負担能力を測るためには、その人の全ての所得を合算する必要、すなわち、総合課税の仕組みが重要である。また、一定の免税点を設けること、累進税率にすることも応能負担原則を貫くために必要な仕組みである。

所得税の母国であるイギリスが、1799年に所得税を初めて導入したときに、源泉の違いにより所得を4つに区分し、60ポンドの免税点を設け、所得控除、児童控除などを規定し、最高10%までの累進税率を適用した。イギリスの所得税の特徴は、所得をその発生源泉の違いに着目した分類所得税であり、一時的・偶然的所得には課税しないというスタンスを取っていた時期もあり、総合課税の徹底という点では一貫していないと言える。しかし、現在ではキャピタルゲインについても1962年から課税対象に取り込み基本的に総合課税の仕組みを維持している。

アメリカにおいては、総合課税の思想は徹底しており、1913年の連邦所得税導入以来、利子、配当、キャピタルゲインなど全て例外なく課税所得に合算され税額計算される。

ドイツの所得税について諸富徹氏は「ドイツにおける近代所得税の発展」を考察した論稿において、「ドイツ所得税の特徴は、多様な所得源をすべて合算して申告納税する総合所得税制の採用にある。」「納税者の支払能力を厳密に考慮したうえで純所得に課税できるという点で、人税としての所得税の純粋型をしめしている。」として、ドイツの所得税が完全な総合所得税の仕組みをとっていることを強調している。

このように、先進各国の所得税の基本的仕組みが総合課税の仕組みをとっているにもかかわらず、わが国の所得税制の現状はきわめて憂慮すべき事態が進行している。わが国は、戦後、税制の基本路線を示したシャウプ税制勧告において、所得税の重視、所得の総合課税の徹底が指示勧告され、全ての所得を合算して課税するという仕組みで出発した。しかし、その後、株式や土地の譲渡所得の分離課税、利子所得、配当所得の分離課税が徐々に拡大され、総合所得税の基本構造が解体されてきた。その結果、株式所得、利子所得、土地取引所得など、資産所得に有利な税制となり、応能負担原則が大きく損なわれている。

合田寛氏は、最近の税制改正により株式関係所得の減税の状況を次のようにまとめている。「株式配当や譲渡益など株式関係所得に対して、破格の減税が行われた。株式等配当金、投資信託収益金、株式等譲渡益に関して、一律20%(所得税15% 住民税5%)の税率の源泉徴収で納税が完了する仕組みが作られた。株式譲渡益については申告分離課税であるが、金融機関に特定口座を設定して取引すれば申告は不要とした。

しかも、今後5年間は税率を10%(所得税7% 住民税3%)に軽減した。」「今回の改正は、1回の配当金が5万円以下の場合、20%の源泉徴収で済むという『少額配当申告不要制度』を拡充するというやり方で、すべての配当所得を源泉徴収で完了させ、総合課税の対象から除外した。これによって金融商品は、利子であれ配当であれ株式譲渡益であれ、すべて分離課税となり、総合課税の対象からはずされることになる。しかも、主要な金融商品の税率が、すべて利子なみの20%(当初5年間は10%)という低税率で課税される。」

所得税の税率は、10%、20%、30%、37%の4段階になっている。30%の税率が適用されるのは課税所得が900万円を越える部分であり、37%の税率が適用されるのは課税所得が1,800万円を越える部分である。したがって、課税所得が1,000万円の人が配当所得100万円、株式譲渡益200万円を得たとき、総合課税であれば両者の所得合計300万円に30%の税率が適用され、90万円の所得税を負担する。しかし、現行の分離課税制度では、当初5年間は10%の税率が適用され30万円の所得税ですみ、その後も20%の税率で60万円に軽減される結果となる。

数千万円、数億円の株式関連所得のある高額所得者にとっては本来の税率である37%ではなく、10%、20%という軽減税率の適用により巨額の減税の恩典を受けることになる。 すでに指摘したとおり、アメリカ、イギリス、ドイツなどの先進各国が所得税の総合課税の原則を維持している国際環境において、わが国がこのような極端な株式関連所得を中心にした分離課税を維持・拡大しているという状況は異常としか言えない。分離課税を廃止し、総合課税の原則を徹底することが正しい税制のあり方である。
参考文献
(1) 井上徹二『税務会計論の展開』(税務経理協会、平成9年11月)所収の「アメリカの法人税の構造と特徴」、「イギリスの所得税・法人税の構造と特徴」。
(2) 井上徹二「カナダの税制の構造と特徴」『埼玉学園紀要経営学部編』第4号 平成16年12月
(3) 宮本憲一/鶴田廣巳編著『所得税の理論と思想』第4章諸富徹「ドイツにおける近代所得税の発展」税務経理協会 2001年9月 194頁。
(4) 合田寛『大増税の時代』大月書店、2004年10月

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