論文

【特集】重要判例・事例考察消費税
消費税免税事業者判定訴訟
(通称「張江裁判」)の最高裁判決を受けて
[平成12年(行ヒ)第126号]
「張江裁判」顧問税理士グループ事務局東京会中島 美和

III.最高裁判決文

法9条1項は、課税期間に係る基準期間(事業者が法人の場合は、法2条1項14号により、その事業年度の前々事業年度をいう。)における課税売上高が3000万円以下である事業者について、その課税期間中の課税資産の譲渡等につき消費税を納める義務を免除するものと規定する。

法9条1項に規定する「基準期間における課税売上高」とは、事業者が小規模事業者として消費税の納税義務を免除されるべきものに当たるかどうかを決定する基準であり、事業者の取引の規模を測定し、把握するためのものにほかならない。ところで、資産の譲渡等を課税の対象とする消費税の課税標準は、事業者が行う課税資産の譲渡等の対価の額であり(法28条1項)、売上高と同様の概念であって、事業者が行う取引の規模を直接示すものである。そこで、法9条2項1号は、上記の課税売上高の意義について、消費税の課税標準を定める法28条1項の規定するところに基づいてこれを定義している。

すなわち、法9条2項1号は、上記の課税売上高とは、基準期間が1年である法人の場合、基準期間中に国内において行った課税資産の譲渡等の対価の額(法28条1項に規定する対価の額をいう。)の合計額から所定の金額を控除した残額をいうものと規定する。そして、同項は、「課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする。)とする。」と規定する。

法28条1項の趣旨は、課税資産の譲渡等の対価として収受された金銭等の額の中には、当該資産の譲渡等の相手方に転嫁された消費税に相当するものが含まれることから、課税標準を定めるに当たって上記のとおりこれを控除することが相当であるというものである。したがって、消費税の納税義務を負わず、課税資産の譲渡等の相手方に対して自らに課される消費税に相当する額を転嫁すべき立場にない免税事業者については、消費税相当額を上記のとおり控除することは、法の予定しないところというべきである。

以上の法9条及び28条の趣旨、目的に照らせば、法9条2項に規定する「基準期間における課税売上高」を算定するに当たり、課税資産の譲渡等の対価の額に含まないものとされる「課されるべき消費税に相当する額」とは、基準期間に当たる課税期間について事業者に現実に課されることとなる消費税の額をいい、事業者が同条1項に該当するとして納税義務を免除される消費税の額を含まないと解するのが相当である。

前事実関係によれば、上告人は、本件基準期間において、売上総額が3000万円を越えており、かつ、免税事業者に該当していたというのである。そうすると、上告人は、本件課税期間において、免税事業者に該当しないこととなるから、本件各決定が違法であるとはいえない。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

IV.判決内容の検討

1.はじめに
何処をどう読めば課税庁の言うような解釈が出来るのか、純粋に法解釈を求めたにもかかわらず、明確な条文解釈に欠ける残念な判決文であった。最高裁が5年もかけてこの判決に至った経緯、何故明確な法解釈を示さなかったのか知りたいところである。

そもそも、この訴訟を提起したのは、何故我々の法解釈が誤っているのかを知りたい(顧問先の納税者を説得できる解釈)という素朴な要求からだったのだから。
2.判決内容の検討
(1)「免税」は「納税義務の免除」
判決内容は、地裁及び高裁と同様に終始一貫して、納税義務の有無を根拠として、納税義務者が納付税額を算定するための課税標準規定として「課されるべき消費税に相当する額」をとらえ、納税義務がないことをもって、免税事業者には譲渡先に転嫁する税即ち「課されるべき消費税に相当する額」がないと結論づけている。

このような司法の解釈は、善意に解釈すれば、消費税を租税債権債務関係という視点からのみとらえ、納税義務がなければ課税物件すら存在しないと考えるからであろう。しかし、そうであるならば、一般消費税である現行消資税法の構造を理解していないとしか言いようがない。

消費税法(以下「法」という)は、事業者が行う資産の譲渡等を通じて、法が予定する消費税額が商品等の価格の一部として適正に転嫁されることを予定し、最終消費者が購入品の対価の一部としてその消費税を負担することによって始めて成り立つ構造を持っている。

そうすると、すべての事業者が行う資産の譲渡等には消費税が含まれ、それが最終消費者に帰属することとなる。およそ間接税とされる税目においては、その税額は対価の額に含まれて最終消費者に転嫁されるのである。

現行法は、法4条で課税物件を限定し、その例外として法6条(非課税)を規定している。従って、法6条に列挙された非課税取引以外は全て課税取引であり、免税事業者が行う取引であっても同様に課税取引となり消費税が含まれることとなる。これは、国税通則法15条2項7号で消費税については課税資産の譲渡等をした時に納税義務が成立することを定めていることからも明らかである。
(2)本件訴訟のポイント
本件訴訟のポイントは、法9条が法28条の課税標準規定を借用する場合において、第一、納付税額を算定するための課税標準規定として「課されるべき消費税に相当する額」をとらえる。

第二、事業者の大小を弁別するための小規模事業者性の判定基準として「課されるべき消費税に相当する額」をとらえる、という2点であろう。
1 第一の点について
イ) 地裁の判断
納税義務が免除された事業者は課税要件を充足していないから納税義務が発生せず、したがって、「課される消費税」はない。そして、国税通則法15条2項の規定は、納税義務の成立の時期を規定するものであり、納税義務の発生要件を規定するものではない、とした。
ロ) 高裁、最高裁の判断
納税義務がないことをもってその課税資産の譲渡等の対価の額には「課されるべき消費税に相当する額」がないものとし、法9条の規定を法4条の例外規定(つまり、課税物件の人的非課税規定)とした(最高裁も同様)。
ハ) 上告人の反論
法9条は納税義務を免除する規定そのものであって、課税物件を規定する法4条の例外規定とはなり得ない。つまり、納税義務が免除されるだけであって、事業者の行う課税資産の譲渡等の対価の額に消費税が含まれているかどうかとは関係がない。

仮に、課税庁等が主張するように、免税事業者には課税すべき消費税相当分がもともと存在せず(非課税)、いわば最終消費者と同じであるというならば、免税事業者が課税事業者を選択することができるとする規定(法9条4項)と矛盾することとなる。又、同様に、法の各規定(7条,30条,33条,34条,37条〜46条等々)において、「(第9条第1項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)」とわざわざカッコ書で規定する必要はないこととなる。(課税庁等は、このカッコ書を以って、免税事業者を「法の適用のない事業者」としていると主張する。)

消費税法は、前述のとおり、すべての事業者が行なう資産の譲渡等には消費税が含まれており、それが適正に転嫁されているという仮定の論理に基づいて成り立っている。又、税制改革法の規定ぶり(特に17条3項)、法の規定ぶり、法施行当初の社会情勢等から、立法者は元々完全(百%)な転嫁は予定していないのである。現に、税制改革法(17条3項)の要請に基づいて、免税判定額及び簡易課税判定額を下げる改正が行われている。そうすると、「転嫁」ということをもって、上告人の主張を退けるのは、まとはずれな引用であることとなる。
2 第二の点について
イ) 高裁の判断
法9条の趣旨及び目的にはほとんどふれることなく、租税法律主義の下では、条文の文言にない仮定の計算をするような解釈は採用できないとして簡単に退けている。
ロ) 最高裁の判断
何も答えていない。
ハ) 上告人の反論
この点についてだけ、何故ほとんど触れないのであろう? 上告人の主張を退ける論理が構築できなかったのか。又、もし、この点について、答えていくと、課税庁等の自らの論理矛盾を露呈してしまうからではないか?
法9条の趣旨及び目的からすれば、第二の視点にたつ解釈こそが正当であることは、前述したとおりである。
(3)法9条で借用される法28条の意味
そもそも法28条は納付税額を算定するための課税標準規定なのだから、納税義務が免除されている免税事業者に適用することを予定していないのは当然のことだが、あえて借用しているのは、単に事業規模の大小を判定するだけの目的であり、納付税額を算出するためではない。故に、法9条は当該基準期間にその事業者が課税事業者であったか免税事業者であったかを別段規定していないのである。当然課税事業者・免税事業者共通の判定基準でなくてはならないということになる。
(4)判決の具体的な問題点

1
売上高が毎年同一(例えば3千1万円)である場合、(同一の担税力なのに)年によって課税となったり免税となったりする、いわゆるダッジロール現象が生じる。
これは、法9条の趣旨、目的に反する。

2
免税事業者の判定をする場合、その基準期間が課税か免税かを判定し、そのために又、その基準期間が課税か免税かを判定しなくてはならず、どんどん遡らなければならないこととなる。
これは、法9条の趣旨、目的に反する。

3
課税事業者については本体価格とは別個に消費税を収受し、免税事業者については本体価格のみを収受していることとなる。
これは、今日通説となっている、消費税は「価格の一部である」という見解に逆行することとなる。

4
課税事業者と免税事業者とを別途判定することとなる。又、同一の担税力(売上高)を基準としてない。
これは、法9条の趣旨、目的に反する。

V.終わりに

本件訴訟を通じて、張江税理士や多くの支援をいただいた方々と税法に対する思いを共有できたことに感謝しています。張江税理士は、課税庁(行政)と裁判所(司法)に対する不信感を明らかにし、我国においては、民主主義の基本理念である「三権分立」が機能していないのではないかとも言われています。

「租税法律主義」の法治国家で、財産権を侵害する税法において、明確な判断が出来ないような条文は、速やかに改正すべきではないでしょうか。基準期間が免税事業者であった者は「税込み」で「判定する」でも良いのです。それが、条文にちゃんと書かれているのなら。「納めるべき消費税が無いのであるから、免税事業者の行う取引には消費税は含まれない。」という解釈には納得できません。
平成8年から足掛け10年の永きに亘りお世話になりました、弁護士の椛嶋裕之先生、同じく弁護士の芳賀淳先生、また鑑定書をお書きいただきました、湖東京至先生、北野弘久先生、田中治先生、ありがとうございました。また、物心両面でご支援いただきました全国の税理士の方々、この誌面をお借りして感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

結果は残念でしたが、これからも「おかしいものはおかしい」と言える仲間でありたいと思っています。

文責・なかじま よしかず

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